「読み聞かせをすれば子どもの学力が向上する」「家庭環境が性格形成に大きく影響する」-多くの親が信じているこれらの常識について、行動遺伝学の最新研究が衝撃的な事実を明らかにしました。
慶應義塾大学名誉教授の安藤寿康教授による研究では、読み聞かせの学力への影響はわずか5%程度であり、家庭環境が子どもの性格形成に与える影響はほとんどないことが判明しています。では、親が本当にできることは何なのでしょうか。
家庭環境が性格に与える影響は「ない」
驚愕のクイズ結果
「子どもの性格形成に家庭環境はどのくらい影響しますか?」という問いに対する選択肢は、A)およそ25%、B)50%、C)80%、D)影響しない、でした。
多くの人が想像するのは、裕福な家庭の子どもは優しくて気立てが良く、余裕のある環境が性格形成に大きく影響するということでしょう。しかし**正解は「D)影響しない」**です。
共有環境と性格形成の違い
これは前回説明した「共有環境」の概念と関係しています。学力や知能については共有環境(家庭環境)の影響があることが分かっていますが、これは学習する機会があるからです。
しかし性格について考えてみると、例えば外向的であることや神経質であることが、算数や数学の能力と同じように学習して身につけたものでしょうか。神経質力を高める訓練をしたわけではありませんよね。元々として現れているものです。
能力として学習できるものには共有環境が影響してくるが、元々の持ち味的なものには家庭環境の影響がないというのが研究で明らかになった事実です。
性格は非共有環境で変化する
ただし、遺伝も100%ではありません。残りは「非共有環境」の影響を受けます。これは一人ひとり異なる環境であり、同時に状況によってコロコロ変わる環境のことです。
例えば、神経質になりやすいセットポイントを持つ人と、そうでない人がいるのは遺伝的な要素です。しかし、普段はのんびりしている人でも、公の場面では急に緊張してしまうことがあります。これは状況が作り出すその時の行動パターンです。
性格とはその時にどういう表情や行動が出やすいかということなので、それは非共有環境、つまりその時その時の状況によって引き出されてくるのです。
適応戦略としての性格変化
人間は生物として環境に適応しています。脳が「この状況では少し緊張した方がうまく問題解決できる」と判断した場合にはそうなりますが、普段そういう環境にいないと、かなりのんびりした性格として現れることもあります。
これが遺伝と非共有環境の相互作用であり、性格には遺伝的なセットポイントがあるものの、状況に応じて柔軟に変化するのです。状況がなくなったらまたセットポイントに戻るという意味で、基本的な性格は変わらないともいえます。
自己肯定感を高める真の方法
マニュアル的発想の限界
多くの親が「自己肯定感を高めるためには愛情表現をたっぷりする」といったマニュアル的な発想を持ちがちですが、専門家は子育て未経験の立場から率直に語っています。そういったマニュアル的な発想はうまくいかないのではないかと。
自己肯定感も性格の一つです。自己肯定感を「上げなきゃ」と思って上げたものなど、高が知れています。
親による子どもの肯定が基盤
真の自己肯定感は、自己肯定感を「させる」のではなく、親がその子どもを肯定するところから出てきます。子どもが好きなことを肯定する、失敗したり親の価値観とずれていたとしても、その背後にある肯定できるものを親が見つけられるかどうかが重要なのです。
これは親がそれまでどういう風に生きてきたかと関わってきます。親自身がすごく自分を否定的に見てきた場合、子どもの良さや子どものあり方を肯定できるものを自分の中に見つけてこられなかったので、それが確率的に少なくなる可能性があります。
親自身の自己肯定から始まる
そうした時には、親自身が自分を肯定する何かを探すところから始める必要があります。ただ声かけを頑張れば良いというわけではなく、心の底から「あなたは素晴らしい」と思えることが重要なのです。
読み聞かせの効果はわずか5%
遺伝と環境の影響を分離する研究手法
行動遺伝学を行うと、遺伝の影響と環境の影響を切り離すことができます。よく「子どもに読み聞かせをすると子どもの頭は良くなる」と言われますが、これには因果関係の問題があります。
親自身が本好きであったり、親自身が頭が良いから知的好奇心があって読み聞かせをしたいと思い、それが遺伝子としても子どもに伝わっている可能性があるからです。つまり、親がこうしてると子どもがこうなるというだけでは、遺伝なのか教育・家庭環境なのかを区別することはできません。
純粋な環境効果の測定
しかし双子研究により、遺伝の影響をコントロールしてもなおかつ家庭環境として効いてくる影響を分析できるようになりました。
学力成績に関わるものとして大きく2つのことが効果があることが分かっています。その一つが読み聞かせです。読み聞かせは確かに効果があります。遺伝的な素質の有無は当然反映していますが、それを考慮してでも環境だけの影響として、読み聞かせをするということが子どもの学力に影響を及ぼすという結果があります。
効果の大きさは3.9%
ただし、その効果の大きさは共有環境から来ている影響として3.9%、つまり約4%弱程度です。それに対して遺伝は67%も影響しています。
読み聞かせをよくする家庭とそうでない家庭で、学力成績に及ぼす影響力は多くても5%ぐらいなのです。これが現実的な数値です。
家を散らかさないことの重要性
もう一つの効果的な環境要因
学力に影響する2つ目の家庭環境要因は「家を散らかさないこと」です。正確には、基本的にめちゃくちゃになってカオスのような状態の程度が強ければ強いほど、逆に成績は悪くなるという研究結果があります。
これは単純に頭が混乱してしまうという面もありますが、より重要なのは、きちんと決まった時間に片付けをして本を読むとか勉強するといった習慣が身につけられているかどうかに直接関わってくることです。
システマティックな環境の重要性
基本的にシステマティックで混乱していない環境が学習効果を高めます。家が散らかっている方は、今すぐにでも子どもの成績を上げたければ、まずご自身が片付けをするところから始められると良いでしょう。
「勉強しなさい」と言うことの真実
因果関係の逆転現象
「無理やり子どもに勉強しなさい」と言うことについて、これは「言わなければ良い」という話ではありません。そもそも成績が良い子は親から「勉強しなさい」とは言われないからです。因果関係が逆なのです。
同一遺伝条件での比較
同じ遺伝的な素質があったとしたら、その中では親がちゃんと「勉強しなさい」という形で、様々な形で学習をするような方向にしつける、プッシュするということが様々な形でなされていて、この学習を支えている環境が「勉強しなさいね」という形で出てくる傾向が強い方が、遺伝的な素質が同じだったら影響してきます。
向いていない子への効果
しかし、そもそも遺伝的な素質として勉強に向かない子に関しては、それすらできないからこそもっと強く「勉強しろ」ということを言うようになってきて、それは負のスパイラルにしかならないということになります。
もし親として「勉強しなさい」を毎日言っているなと思ったら、そこでふと気づいて「この子は勉強に向いていない子なんだ」と気づいてあげることが重要です。
英才教育の現実と限界
小学校受験の成功例について
小学校受験をさせたい親が、小さな子どもに何時間も勉強をさせて、実際に良い小学校に行けたりするケースがあります。これはどう考えれば良いのでしょうか。
まず「させている」というのは子どもを強制しているということです。この中には、させているけれど子どもも苦痛ではなくそこそこやっているケース、子どもが本当に好きになって知的ゲームをやるような感覚でやっているケースなど、様々なパターンが含まれています。
遺伝的素質による成功
「子ども4人とも東大に入れました」といったような成功例は、子ども自身が元々そういうことに乗りやすい遺伝的素質があった可能性が高いのです。4人のうち2人がそういう素質で、もう2人はそれに従って「じゃあやろう」という形で相乗効果になっているということです。
つまり、その強制に耐えうる遺伝子を持っていたということです。どんなものでも、その子の遺伝的な素質が現れた中での環境の与えられ方ということになるので、親がこうやりましたという話だけを聞いていても、遺伝的背景は見えてきません。
逃げ切り型教育の限界
小さい頃に親の影響がより強く現れる時期にがんばって勉強させて、その蓄積で後々まで勝ち続ける「逃げ切り型」はあり得るのでしょうか。
絶対にないとは言えませんが、可能性は低いと考えられます。なぜなら、それぞれの人にはセットポイントがあるからです。能力的なものに関しても、関心に関しても、環境が整って自分で好きなようにさせられるようになると、だんだんセットポイントに戻っていきます。
セットポイントへの回帰
無理やり頑張らせて、いわばセットポイント以上の学校に入学させた場合、よく聞く話として「だんだん自分はこの環境には合わなかった」「それほど勉強好きじゃなかったし、みんなは地頭が良いけど、私は本当に苦労してやったので、とてもそれをずっと続けることができない」と言って、自分の別の道を選んでいくということが起こります。
ただし、逃げ切れた時にその地頭が良い、似たような友達たちがいるので、そういう形で自分に合った友達にそこで出会えて、それがレベルが高かったりすると、それによって引っ張ってもらえる可能性はゼロではありません。しかしこれも全部確率の問題で運なのです。
人間は形状記憶合金
鉄ではなく形状記憶合金
「鉄は熱いうちに打て」ということわざがありますが、人間は鉄ではなく形状記憶合金なのです。元々持っている遺伝子の形に、セットポイントに基本的には戻る形になっています。
その人らしさは常に一生続いてきますし、逆にそれに合ったものがその先でも活かされるから、それで才能を伸ばしていくといろんな形で生きてくる可能性があります。
金属疲労を起こさない程度の無理加減
ただし、「ここのところでちょっと無理をさせておかないと」というポイントはあるかもしれません。受験などは特にそうです。「ここで頑張らせて入ったら、あとはもう自由に」という考え方もあります。
重要なのは金属疲労を起こさない程度の無理加減です。適度な負荷は成長につながりますが、過度な負荷は逆効果になってしまいます。
親が本当にできること
基本的にはほとんど何もない
衝撃的な結論として、親にできることは基本的にはほとんど何もないということが挙げられます。しかし、これは絶望的な話ではありません。
観察することの重要性
親ができる最も重要なことは「よく観察すること」です。この子は何が好きか、どういう特徴があるか、他にやりたいことがあるか、明らかに計算ばかりやらされているのは苦痛でしかないかなど、子どもの顔つきや様子を注意深く観察することです。
環境を整えること
親ができるもう一つの重要なことは「環境を整える」ことです。前回紹介した、ドリルを見えるところに置いて子どもが興味を示した時にやらせるという方法も、結局は環境を整えているということです。
親が強要するのではなく、本人が興味を持ったら取り組めるような環境を用意することが重要なのです。
手近にあるものから始める
お金をかけていろんな習い事をさせれば良いというものでもありません。選ばなければいけないものは無限にあるので、手近にあるものから始めることが大切です。
自分の身の回りにある教室や体験学習で自治体がやっているものなど、自分のところで手に入るところで、その中で子どもに関心が向いていそうなもの、ちょっとでも向いていそうなものにまず取り組ませてみることです。
あらゆるものは繋がっている
なぜ手近なものから始めれば良いかというと、大人になると分かりますが、あらゆるものが繋がっているからです。社会とはそういうものです。
入り口がここであったとしても、それが思いもしなかったところに繋がってくることがあります。だから、本当にその子が面白いと思い、それがその子の本当の知識になって、好奇心が本物だったとしたら、それによって様々な分野に興味が広がっていく可能性があります。
子どもの好きを大事にする
例えばスポーツをやっていても、そのスポーツのグッズや道具がどうなったら便利なのか、使いやすいのかといったことに興味が向くかもしれません。多くの人の体験談を聞くと、今やっていることは実は本来これと繋がっているということが少なからずあります。
その時にはまだ分からないかもしれませんが、子どもの時の好きを大事にしてあげることが将来の可能性につながるのです。
言いつけに従わせることの真意
命令ではなくしつけ
「子どもの自分の言いつけに従わせる」というと誤解されがちですが、これは命令をしろということではありません。きちんとしつけるということです。
例えば、お勉強する時間を決めたとしたら、それはちゃんと従ってもらうということを習慣づけることです。その言いつけが全うな言いつけであったとしたら、それにちゃんと従わせられるかということが重要なのです。
親がどういう言葉がけをすれば子どもが聞いてくれるかは、育児書などに様々な方法が書いてあるので、そういったものを参考にすることは意味があるでしょう。
虐待は論外
当然ながら、叩いたり殴ったり蹴ったりといった虐待は論外です。これは子どもの発達に深刻な悪影響を与えることが明らかになっています。
親自身が自分らしく生きることの重要性
最も重要な親の役割
親にできることとして最も重要なのは、親自身が自分らしい、自分にとって良い生き方をしていることだと専門家は指摘しています。
子どもにとって最も身近な、いわば適応している大人のロールモデルを、その通りにならなかったとしても子どもはずっと子どもの頃から見ています。時には親に反発することもあるでしょうし、遺伝子はランダムに伝わるので、親が持っているパターンと全然違ったことに関心を持つ子どもが現れることもあります。
偽物感を与えない
それが一時的には反発してしまうことがあるかもしれませんが、親が自分自身の遺伝子を活かした生き方をしている、感覚として今やっていることがそこそこ楽しい、非常に苦痛ではない、どころかひょっとしたら次から次にこういうことをやりたいなということがあって、そのために努力や労力を注いでいる親の姿を子どもが見ていると、まずはこの世の中は捨てたものじゃないなということを子どもは察知します。
逆に「これは自分の本当の姿じゃなくて、何か私のこと考えて無理やり教育してるらしい」ということに関しては、偽物感を子どもは感じ取ってしまいます。
好きに生きて良いという メッセージ
だから**「好きに生きて良い」**ということが重要なのです。親も好きなことをやっている姿を見せることで、子どもに「人は好きに生きて良いんだ」というメッセージを伝えることができます。
教育効果の現実的な数字
5%の意味を考える
読み聞かせも家を綺麗にすることも、どんなに頑張ってもそれは5%ぐらいの影響しかないというのが現実です(全体の平均値として)。
でも、5%でも良いから上げたいとは思うものです。特にボーダーのところにいる人は、そのちょっとでも良いから効果があることは意味があります。
学習可能なあらゆる分野に適用
重要なのは、この5%という数字は学校の勉強に関してだけの話ではないということです。あらゆる能力に関してそれが言えます。少なくとも学習しなければいけないものに関しては、家庭でその学習することがやりやすい環境にあるかないかということに結局は集約されてきます。
それがスポーツだったらスポーツに、歌舞伎だったら歌舞伎に、豆腐屋さんだったら豆腐作りに。勝手に環境が整っているものがあるということです。
貧困・低学歴サイクルからの脱出
ポリジェニック・スコアによる希望
貧困と低学歴のサイクルから抜け出すのは確率的には確かに大変ですが、遺伝子まで調べると希望的な事実が見えてきます。
貧困層の中にも、ポリジェニック・スコア(遺伝的得点)が高い子と低い子がいます。スコアが高い子は結構上まで行っているというデータがちゃんとあります。つまり、遺伝的素質が高い子は環境を克服していくということです。
逆に、すごく裕福でいくらでも好きな勉強もすることができるけれど、ポリジェニック・スコアが低いとそれほど行けないということもあります。
才能に気づかずに環境に押しつぶされる可能性
自分の才能に気づかずに環境に押しつぶされてしまう可能性もありますが、これが広く知られるようになれば、非常に明るい展望が開けます。
これは学業成績だけでなく、ありとあらゆる才能に関してそれが言えると思われます。
教育制度の柔軟性への期待
現在の教育制度は年齢で区切られており、その時にテストで振り分けるような仕組みになっています。しかし、こういう構造が変わってくれば、例えば興味を持ったらいつでも学校に行っても良いし、興味がなかったらそこから外れても誰もそれが外れているとは言わないような社会になってくれば、それは変わってくるはずです。
現在の制度に合わない子が排除されてしまい、その子の才能に蓋をしてしまう可能性があることは確かです。しかし、現在の学校教育制度も利用しない手はありません。利用の仕方は色々とあります。
学校教育の多様性
確かに学校にはいろんな学びがあります。学校の教科学習だけでなく、特に日本の学校はクラブ活動や委員会活動を他の国と比べても豊かに提供してくれています。教科ではあまり光らない子どもがそこで光ってくることも、現場の先生方や友達同士は見ているはずです。
教育投資の効率性を根本から見直す時
ここまで行動遺伝学の最新研究から、親ができることの現実的な限界について詳しく解説してきました。読み聞かせの効果は5%、家の整理整頓も含めて家庭環境全体の影響も限定的、そして性格形成には家庭環境はほとんど影響しないという科学的事実があります。
これらの研究結果を受け入れた親が次に直面するのは、こんな根本的な疑問ではないでしょうか。
「わずか5%の効果のために膨大な時間と労力を注ぎ続けるべきなのか?」
毎日の読み聞かせ、完璧な家の整理整頓、子どもの性格を良くしようとする声かけ。これら全てを完璧に実践したとしても、学力への影響は統計的にわずか数パーセント程度です。
しかし一方で、遺伝的素質の高い子は貧困環境すら克服して成功を掴んでいるという事実もあります。つまり、適切な戦略があれば環境的制約を乗り越えることは可能だということです。
ここで考えるべきは、従来の「家庭内教育の最適化」というアプローチ自体の見直しです。5%の効果を積み重ねる努力も大切ですが、それと同じ情熱とエネルギーを、もっと確実で大きな効果が期待できる教育戦略に向けることはできないでしょうか。
**「手近にあるものから始めて、あらゆるものは繋がっている」**という専門家の言葉は、教育ルート選択においても同じことが言えるはずです。従来のルートにこだわらず、その子の遺伝的特性を最大限活かせる道筋について考えてみませんか。
遺伝という現実を受け入れた上で、それを戦略的に活用する教育投資の考え方について詳しく解説しています。