ゴールドマン・サックスで17年間働き、投資部門の日本共同統括を務めた田中渓氏の経験から学んだ富裕層のマインドセットと行動パターンをお伝えします。20カ国以上で300人を超える富裕層と交流し、王族や資産家など真の富裕層と呼ばれる人々から学んだ、お金持ちになるための本質的な考え方と実践的なスキルを解説します。
富裕層の定義
まず「富裕層」とは何かを明確にしておきましょう。野村総合研究所の定義によると:
- 準富裕層:保有金融資産が5,000万円以上1億円未満
- 富裕層:1億円以上5億円未満
- 超富裕層:5億円以上
日本では約3%の人が富裕層以上と言われていますが、超富裕層はわずか0.7%程度です。単に資産額が多いだけではなく、富裕層特有の思考法や習慣があります。興味深いことに、真の富裕層になるほど、むしろ健康志向になり、自己制限を行うようになる傾向があります。
富裕層だけが知っているお金の哲学
1. 自分で意思決定し、スピード感を持つ
富裕層に共通する特徴の一つは「自分で意思決定をする」ことです。多くの人は決断を避け、責任を取りたくないという心理が働きます。会社に勤めている方は特に、上司の指示に従ったり、組織の方針に従うことが多く、自分自身で決断する機会が少なくなりがちです。
しかし成功している人ほど、社会人1年目であっても中堅であっても、常に自分で決断し、それも素早く行動します。これは一見ストレスフルに思えますが、脳は実は自由に意思決定するよりも、指示に従う方がリラックスできるのです。しかし、「コンフォートゾーン」から抜け出し、自ら意思決定する習慣を身につけることが重要です。
意思決定には以下の2つの軸があります:
- 速さ:速い・遅い
- 確実性:確実・間違い
この組み合わせによって4つのパターンが生まれます:
- 速くて確実(ベスト)
- 速くて間違い
- 遅くて確実
- 遅くて間違い(最悪)
理想は「速くて確実」ですが、実際に重要なのは「速くて、時に間違うこと」です。多くの人は「遅くても確実に」と考え、締切ギリギリまで作業してから提出しようとしますが、これは大きな間違いです。
遅れると以下のデメリットがあります:
- デッドラインに間に合わないリスク(一瞬遅れても0点)
- 機会損失が大きい(良い機会は待ってくれない)
- 期待値があがりすぎて、結果に満足しにくくなる
一方、早めに行動し、途中経過を見せることで:
- フィードバックをもらい改善できる
- 相手の期待値をコントロールできる
- 「仕事が早い人」という評価を得られる
富裕層は「小さな決断を圧倒的なスピードで大量に行う」ことを実践しています。間違ったら修正すればいいという考え方です。早く行動すれば、失敗から学ぶ時間も十分にあります。
2. 投資の基本原則を理解する
成功する投資には順序があります:
- お金:まずは自己資金を確保する
- 投資の経験:実際に投資して学ぶ
- 良質な情報源となる人脈:経験を積むことで構築される
逆順(人脈→経験→お金)で始めると詐欺や悪質な投資話に引っかかりやすくなります。例えば、投資セミナーなどで「すぐに稼げる」という情報に飛びつくと、自分に経験がないため、何が良い話で何が詐欺なのか見抜く力がないまま判断することになります。
まずは小額でも(例えば1,000円や1万円でも)投資を始め、その過程で経験を積み、人脈を広げていくのが王道です。実際に投資を始めると「カラーバス効果」という現象が起きます。例えば、ある企業に投資したことで、その業界のニュースや情報に敏感になり、普段なら見過ごしていた情報が目に入るようになります。これが知識と理解を深め、より良い投資判断につながるのです。
投資の勉強ばかりするのではなく、実際に投資して体験的に学ぶことが大切です。インデックス投資だけでなく、資産の5〜10%程度は自分の興味のある個別株や分野に投資してみることも、学びを深める有効な方法です。
3. 損失回避バイアスを克服する
人間には「損失回避バイアス」という心理があります。これは「得をすることよりも損をすることを避けたい」という心理です。例えば:
- 90%の確率で100万円儲かる
- 10%の確率で500万円損する
この選択肢を示されると、多くの人は「損失が怖い」と感じて選択しません。しかし期待値計算すると:
(100万円×90%)−(500万円×10%)=40万円
つまり理論上は40万円儲かる話なので、合理的には選ぶべき選択肢です。
実際の投資でも同様の心理が働きます。例えば、2010年代にSNS会社が携帯ゲーム事業に進出した際、「コンプリートガチャ」という仕組みが景品表示法違反として規制されたことがありました。この規制ニュースが出た瞬間、関連企業の株価が暴落しましたが、その中に「実はほとんどガチャに力を入れていなかった会社」があったのです。冷静に考えれば、この会社は規制の影響をほとんど受けないはずですが、他社と同じように株価が暴落しました。このような状況で「これは理屈に合わない暴落だ」と判断し、全力で買いに行ったことで大きなリターンを得た例もあります。
富裕層はこのようなバイアスを理解し、感情に左右されない冷静な判断ができます。例えば株価が暴落したときに「これは買い時」と判断できるのは、このようなバイアスを克服しているからです。
投資において重要なことは:
- 買った理由を明確にしておく
- 損切りラインを事前に決めておく
- 株価の下落時に感情的に売らない
- 短期的な利益に飛びつかない
富裕層のお金と時間の活用術
1. 資産ポートフォリオの段階的構築
富裕層になるためのポートフォリオ構築には段階があります。
- 第一段階:安定投資(インデックス投資など)でベースを作る
- 第二段階:ベースができたら個別株などのハイリスク・ハイリターン投資を増やす
- 第三段階:さらに資産が増えたらスタートアップ投資、不動産、アートなど多様化
実際の富裕層(例えばゴールドマンサックスの投資チームの人々)も、基本はインデックス投資や安定的な資産で基盤を固め、その上でエンジェル投資、未上場株、不動産、太陽光発電所など様々な投資先に分散しています。基本的な考え方として、生活費を安定的な資産からのリターンでカバーできるようにし、余剰資金でハイリスク・ハイリターンの投資を行うというのが一般的です。
資産規模に応じて挑戦できる投資対象も変わります。例えば、総資産が小さい段階で高リスクの投資比率を高くすると、生活基盤を揺るがすリスクがあります。最初は無理せず、安定的な収益確保を優先しましょう。資産が増えるにつれ、少しずつハイリスク・ハイリターンの投資に移行していくのが理想的です。
2. 富裕層の「モノ」への投資哲学
富裕層の「モノ」への投資についても興味深い考え方があります。例えばフェラーリなどの高級車を所有する理由について考えてみましょう。一般的には「格好良いから」「モテたいから」という理由が想像されますが、真の富裕層は異なる視点で考えています。
フェラーリの場合、単なる消費ではなく以下の理由で購入する傾向があります:
- 資産価値:フェラーリは供給数が厳密にコントロールされ、一定の希少性があるため、長期的に価値が上がることが多い
- オーナーズクラブ:保有することで富裕層ネットワークに参加でき、様々な特別情報や次のモデルの購入権などの特典がある
- リセールバリュー:高いリセール価値により、実質的な所有コストが低くなることもある
このように、富裕層は「モノ」を購入する際も、単純な感情や見栄ではなく、資産価値や将来性、社会的なつながりなど多面的な視点で判断しています。
また、富裕層は「予約困難な店」などにも独自の視点を持っています。表面的な「人気店だから行きたい」という理由ではなく、そのビジネスモデルや本質的な価値を見極める力があります。真の富裕層はむしろ自分が本当に食べたいもの、持ちたいものを選び、他人に見せるためや証明するための消費はしない傾向があります。
3. 時間の価値を理解する
多くの富裕層は時間の価値を深く理解しています。例として、こんな質問を考えてみましょう:
「あなたが普通の一般市民だとして、87歳のウォーレン・バフェット(資産20兆円)と人生を交換しますか?」
ほとんどの人は交換を選びません。これは時間の価値が非常に高いことを示しています。20代の人にとって残り67年の時間は20兆円と同等の価値があると言えるのです。40代の人なら残り47年がそれだけの価値になります。
お金を運用しないのは「日本円一択で全力投資している」のと同じです。同様に、時間を有効活用しないことは「ただ年を取るリスクを取り続ける」ことになります。時間は平等に与えられる有限の資源であり、どう使うかが人生の豊かさを左右します。
4. 習慣化と早朝の活用
富裕層には早起きの習慣がある人が多いです。例えば朝3時45分に起き、25kmのランニングをするような習慣を持つ人もいます。海外の会議では、朝4時頃からジムに集まって運動する富裕層も少なくありません。このような習慣には以下のメリットがあります:
- 頭がクリアな状態で思考できる
- 1日の計画を立てる時間ができる
- メールや予定を確認し、「オートパイロット」(無意識)で処理できる
- 「作業興奮」により集中力が高まる
具体的な例として、朝3時45分に起き、まず予定表とメールを確認します。しかしこの時点では深く考えず、外に出て25kmを走ります。走っている間に脳が「オートパイロット」状態になり、メールの返信や1日の段取りを自然と考えるようになります。2時間半ほど走って帰る頃には、ほとんどの思考が整理され、朝6時頃には1日の計画が完了しているのです。
習慣化するコツは:
- 最初は5分だけなど、ハードルを下げて始める
- 前日に準備しておき、意思の力を使わないようにする(服や靴、水などを枕元に置いておく)
- 「作業興奮」を理解する(最初の5分を乗り切れば、その後は続けやすくなる)
- 2〜3ヶ月は継続する(習慣が定着するまでの期間)
- 天候や体調に関わらず一貫して続ける
習慣化には時間がかかりますが、一度身についた習慣は人生を大きく変える力を持ちます。
5. アウトソーシングで時間を創出する
富裕層は価値の低い作業はアウトソーシングし、自分の時間を最大限に活用します。家事代行やタクシー、ベビーシッターなどを利用することに罪悪感を持つ必要はありません。むしろ、そうして生まれた時間をより価値のある活動(家族との時間や自己成長など)に使うことが重要です。
日本人は特にこの「自分でやらなければならない」という罪悪感が強い傾向がありますが、時間は有限です。アウトソーシングを活用する際のポイントは、目的を明確にすることです。例えば「家事代行を頼むことで、その時間を子供と遊ぶ時間に当てよう」「自分の学習時間を確保するために、食事の準備を外注しよう」など、解放された時間の使い道を決めておくことが大切です。
富裕層の自宅に常駐するシェフのようなイメージがありますが、実際はそれほど贅沢な生活を送っている人は少数です。むしろ、必要なところに必要なサービスを活用し、自分自身の時間と心の余裕を作り出していると言えます。
7つの富裕層スタンス
富裕層に共通する7つの行動パターンを紹介します:
1. メールの返信が早い
単にスピード感があるだけでなく、相手の心理を考慮した対応をします。例えば、すぐに完全な返信ができなくても「読みました」「○日までに返します」など一報を入れる習慣があります。
周囲に「レスが早い人」がいれば思い浮かべてみてください。そういう人は仕事の依頼も多く、結果的に多くの良い機会に恵まれているはずです。なぜなら「あの人は返信が早いから聞いてみよう」と思われるからです。返信が早いことだけでも、様々な面で得をする可能性が高まります。
2. 情報提供や人の紹介を惜しまない
富裕層や成功者は基本的に「ギブ」の精神を持っています。情報、ネットワーク、時には物やお金も、信頼できる人に惜しみなく与える傾向があります。
これには「互恵性の法則」という心理学の原理が関係しています。人は何かをもらうと、お返しをしなければならないという心理が働くのです。成功者はこの原理を理解していて、まず与えることから始めます。直接的な見返りを期待しているわけではなくても、結果的には様々な形で良いことが返ってくることが多いのです。
3. ToDoと時間軸の整理が明確
会議などで様々な話題が出た後、最後に「今日はこういう話をしたので、あなたはこれを、あなたはこれをやってください、私はこうします」と30秒〜1分で明確にまとめる能力があります。
曖昧なまま会議を終えず、具体的なアクションと期限を決め、責任者を明確にします。また、無駄な会議だと判断したら「今日は結論が出なかったので、次回は15分にしましょう」などと率直に提案することもできます。
締切が近づいたらリマインドを送るなど、プロジェクト全体の進捗をオーケストラの指揮者のように把握し、管理します。
4. チームの稼働率を100%にできる
プロジェクトやチームの中で、誰かが「待ち状態」になってアイドリング(無駄な時間を過ごす)しないよう工夫します。例えば「このアウトプットが出ないと次のアクションができない」という状況を作らないよう、タスクを適切に分割し、並行して進められるようにします。
また、興味深い逆説として、多くの人は夜中にまとめてメールを返す傾向がありますが、これは効率的ではありません。メールのやり取りは、みんなが活動している日中に行うことで、往復コミュニケーションができ、確認事項もすぐに解決できます。自分だけでできる作業を夜間に回し、他者との連携が必要な作業は日中に行うという使い分けが効果的です。
5. 判断・決断はその場で結論を出す
「持ち帰って検討します」ではなく、その場でできる判断は即座に行います。すべてを決定できなくても、「こういう理由でこうすべきだと思うので、承認をもらうために○日までに確認します」と仮説と行動計画を提示します。
ただ話を聞いて持ち帰るだけでは価値がなく、自分なりの考えと次のステップを示すことで、会議や打ち合わせの生産性が大きく向上します。
6. 相手の立場が理解できている
単に自分が伝えたいことではなく、相手が知りたいことを考え、状況に応じてカスタマイズした情報提供ができます。例えば、同じ投資の説明でも、アメリカの責任者、日本の銀行、社内の別部署など、相手によって全く異なるストーリーで説明します。なぜなら、それぞれが知りたいポイントが違うからです。
また、上司への報告も、その上司がさらに上に報告する必要がある場合は、そのための材料を用意するといった配慮ができます。例えば、学生向けのセミナーを企画する際、学生に響くプレゼンだけでなく、学生が親に説明する際に使える資料も用意するといった工夫も効果的です。
7. いつでも責任感・オーナーシップを持つ
与えられた役割だけでなく、プロジェクト全体を理解し、必要なときに他の部分もサポートできます。サッカーに例えると、自分のポジションだけでなく、ゴールネットやボール、フィールド全体を見ている状態です。
多くの会社員は自分の会社の売上や事業内容を正確に説明できないことがありますが、オーナーシップを持つためには会社全体を理解することが不可欠です。それによって自分の将来や成長の可能性も見極められます。
本当の豊かさとは
富裕層になることは単にお金を増やすことではなく、「自分の人生に主導権を取り戻す」ことです。お金だけでなく、健康や人間関係も含めて整えることで、真の自由と豊かさを手に入れることができます。
多くの人は小学校から社会人になるまで、様々な制約の中で生きてきました。自分で決断する機会は限られ、会社や上司のために働き、自分の主導権を失っている状態かもしれません。お金の問題を解決し、健康を維持し、良好な人間関係を築くことで、人生の3大悩みを解消し、自分らしい生き方を取り戻すことができます。
また、人生における「失敗」や「トラブル」も大切な経験です。旅行の思い出を振り返ると、美しい観光地より、「パスポートを忘れて急いで取りに戻った」「飛行機が遅れたが結果的に良かった」などのトラブルの方が鮮明に記憶に残り、話のネタになることが多いものです。常に波のない平坦な人生より、山あり谷ありの方が記憶に残る豊かな人生となります。
FIREのように早期リタイアを目指すことも一つの選択ですが、単にお金だけで退職するのではなく、社会とのつながりや収入源を維持することが重要です。特に40代でリタイアすると、それまで積み重ねてきたスキルや経験、人脈を活かしきれず、社会からの断絶感を感じる可能性もあります。
富裕層のマインドセットを学び、実践することで、あなたも一歩ずつ確実に自分の人生の主導権を取り戻し、真の豊かさを手に入れていきましょう。